ミノルタ SR-1 のこと
2015年 07月 17日
まだ中学2年生だった1963年の12月のことでした。
兄貴がニッパーの置物が付いたビクターの電蓄(ステレオ)を買ってもらった ある週末でした。
死んだ親父が 「今日は梅田に行くぞ」とわたしに言います。
前々からカメラが欲しいとせがんでいたわたしは、梅田でカメラを買ってもらえると予感しました。
そのまえのテストで良い成績をとって、死んだ母が「そのうちにお父ちゃんがカメラを買ってくれるよ」と言っていたのです。
梅田は、今の大阪駅前第3ビル辺りにあったウオジカメラでした。
写真やカメラに興味がなかった親父は、会社の同僚からカメラの安売りをしていたウオジカメラを聞いていたようです。
そこで買ってもらったのが ミノルタSR-1でした。
わたしは おばあちゃんに買ってもらった東郷堂のホビックス・ジュニアというおもちゃカメラしか使ったことがなく
絞りとシャッター速度が合わせられて ピント合わせが出来るカメラならば どんなカメラでも良かったのです。
でも 親父は会社の写真好きの人から 「これからは一眼レフの時代だ」と聞いていたようで
ウオジカメラの店員さんに 中級の一眼レフが欲しいと言っておりました。
たしか売値が同額だったアサヒペンタックスSV と ミノルタSR-1 の2機種が最終候補になり
わたしがミノルタSR-1に決めたのです。
どちらも格好が良くて明るい55mmF1.8が付いていて だいぶ迷ったのですが
ミノルタSR-1のファインダーの明るさが決め手だったように記憶します。
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最初の一眼レフ
これが ウオジカメラで買ってもらった ミノルタSR-1 です
歴代のSR-1としては、1959年の初代SR-1から数えて 四代目となるものです
写真では綺麗に写っていますが 9年間使ったら
1. 1/15秒以下の緩速シャッターが切れなくなった
2. レンズ交換時のロックが効かなくなっている
3. ペンタ部をぶつけて凹みができた
4. レンズ前玉に細かい拭き傷がいっぱいある
5. その他 良く触るところのメッキやペイントがはげて真鍮や鉄錆がみえる
というような状態になりました
今では持ち出すこともしませんが 大事に棚のなかで眠っております
■ Micro 60mmF2.8D on Nikon D700
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三代目 と 四代目
左側が 1961年のSR-1三代目で 外付け露出計が付くようになったもの、SR-1の文字は緑色のペイントです
フィルムカウンターは巻き戻しクランク側で Chiyoda Kogaku(千代田光学)の刻印です
右側は 1963年のSR-1四代目で コーナー部が角ばっている、フィルムカウンターはシャッターボタン側に移動し
Minolta Camera Co., LTD の刻印になりました、親父に買ってもらったのはこの型です
そうそう、SR-1には露出計が無いので しばらくは カンジニアリングで露出を決めていましたが
36枚撮っても 露出不足、露出オーバーばかりで 親父に泣きついて外付け露出計を買ってもらいました
■ Micro 60mmF2.8D on Nikon D700
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Auto Rokkor-PF 55mmF1.8
これが ミノルタ自慢の世界初の2層膜コーティングを施した 「緑のロッコール」です
残念ながら この55mmはウオジカメラで買って貰ったものではなく 20年ほどあとに自分で買ったものです
ミノルタSR→NEX のマウントアダプターは持っていないので
ミノルタSR→マイクロ4/3 のマウントアダプターに マイクロ4/3→NEXのアダプターをはかせています
■ FE 28-70mm on Sony α7
4
遠景
いつもの遠景です
F4と 珍しく絞っています
50年以上むかしのレンズとは思えません
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 on Sony α7
5
パチリ
眠っていると思って近づいたら おめめをパチリ
絞りはF2.8です
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 on Sony α7
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レチナ IIc
露出計の付いていないレチナIIc は 50mmF2.8のシュナイダーのクセノン付きです
絞りは 開放で撮ってます
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 on Sony α7
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ミミちゃん
じっとしておりません
被写体ブレしています
絞りは開放です
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 on Sony α7
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マミヤ6 KII
オートロッコール55mmに ケンコーのクローズアップレンズNo.2 を付けてみました
息を止めて マミヤ6 KII を撮ってみました
絞りはF5.6まで絞って 最短撮影です
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 with Kenko Close-up Filter on Sony α7
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世田谷光機
マミヤ6 KII の セコールS 75mmF3.5 のレンズです
マミヤの傘下になるまえで SETAGAYA Koki (世田谷光機)のネームが誇らしげです
絞りは 同じくF5.6
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 with Kenko Close-up Filter on Sony α7
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SR METER 2
SRメーター2です
これも同じ型ですが 親父に買ってもらった露出計ではありません
買ってもらったヤツは壊れて 御堂筋本町にあったミノルタに修理に出しました
しばらく快調でしたが また壊れてしまいました
これは20年以上あとに 自分で買った中古品です
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 with Kenko Close-up Filter on Sony α7
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千代田光学
三代目SR-1の CHIYODA KOGAKU の刻印です
千代田光学は ミノルタカメラになる前の社名です
工場は大阪府堺市にありました
F5.6まで絞ると 最近のレンズより良い描写だと思うのは わたしのひいき目でしょうか
■ Auto Rokkor-PF 55mmF1.8 with Kenko Close-up Filter on Sony α7
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アクロマティック コーティング
ミノルタ自慢の 2層膜コーティング 「緑のロッコール」です
う~む、美しい
この写真は以前撮ったものです
■ 2013年9月14日 ■ Micro 60mmF2.8D on Nikon D80
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■ 2015年7月12日~17日撮影
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ミノルタに幸あれ!
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SR-1は私の高校時代に友人が持って私に見せびらかしていたのを思い出しました。
手触りが気持ちよかったのを憶えております。
Auto Rokkor-PF 55mm、私も持っておりますが(私のはF2ですが)、素晴らしい写りですよね。
しばらく保管庫に眠っていましたので、久しぶりに出してあげよかな・・・。^^
はいっ、わたしも嬉しくてSR-1を 友達に見せびらかしていたものです。
シャッター速度が1/500秒までだったことだけは 人には言わなかったけれど少し残念でした。
Auto Rokkor-PF 55mmの写りは素晴らしく、高かったカラーフィルムは滅多に使いませんでしたが
カラーで撮ったときは 綺麗に撮れたプリントも一緒に持ち歩いて見せびらかしておりました。
「緑のロッコール」、55mmF2も同じ写りでしたねぇ。
ぜひ ロッコール55mmF2を持ち出して 使ってあげてくださ~い。
ロッコールレンズの描写は、提携前のレンズも含めてライツのレンズに雰囲気が似ている様に思います。
カメラ本体の巻上フィーリングもなんとなく似ている気がします。
だから提携したのでしょうね(笑)
ZEISSがアサヒ→ヤシカに流れた様なビジネスライクな提携ではではなかった様に思います。
実質的な立場は既にミノルタの方が上でしたが、ライツの申し出に対し「喜んで提携しますよ」という感じだったとか。そんなミノルタもコニカも何で無くなっちゃったのか…残念でなりません(涙)せめてレンズだけでも製造を続けて欲しかったです。
ミノルタの一眼レフの 巻上げとシャッターボタンが同軸のデザインは
1954年のライカM3を真似たものと思います。
巻き上げのフィーリングは だいぶ違いますが。
古いライカのガウス型レンズの特徴は 絞り開放からF2.8ぐらいまでの独特のボケ具合にあります。
古いロッコールは このあたりの絞りでも解像力が良くてフレアーも感じられません。
最近のライカのレンズは 絞り開放からシャープでボケ具合も見るものがありません。
ミノルタはライツとの提携前から M型ライカの部品をライツに供給しておりました。
ライツは部品供給の時代から ミノルタの実力を良く知っていたものと思われます。
カール・ツァイスは、レンズ設計が続けられるのなら 旭光学でもヤシカでもどこでも良かったのでしょう。
旭光学は、ツァイスとの交流を通してだいぶレンズ設計の勉強ができたのでしょうね。
ツァイス設計の旭光学レンズが2~3本、いまでも高値を付けております。
これがミノルタSR-1なんですね。
高校の先輩たちはSR-101を使っている方が多かったです。
ペンタックスと同じように優しい外観でとても好きなカメラでした。
ロッコールの写りはエモーショナルでドラマティックな感じがします。
M-ロッコール40mmを好んで使っていますが似ている気がします。
はいっ、これがミノルタSR-1です。
このあと New SR-1などが出て、そのあとが TTLが入った SRT-101ですね。
どれもミノルタらしい優しい顔つきでしたが わたしは初期のSR-1が好きでした (^^)
M-ロッコール40mmは、ライツと技術提携していたときのライツミノルタCLの標準レンズですね。
90mmはライツで造りましたが、40mmはミノルタ製とライツ製の両方あり
どちらの写りもマニアの話題になった良いレンズでしたね。
末永く愛用なさってくださ~い。
私は写真趣味からは撤退しました。オートフォーカスに馴染めないままに写真の終焉を迎えました。標準レンズの高性能を信じて、一眼レフでも中古で集めて試用しましたが、前世紀の事です。
子どもの頃から馴染んだ写真機がないと寂しくて、ヤフオクを利用して中古機の入手を再開しました。今度には、試用目的ではありません、使用目的でないのです。デジカメに旧レンズを着ける流行があって、ボディが安いのが好条件でした。
最終的な実用には小型軽量化されたAE一眼レフでしたが、今の非実用の操作感・作動音が目的だと、古い方が良いのです。今時の再登場電気自動車が、エンジン音がなくて困るのと同じです。
そんなで、縁がなく終わっていたSRー1を、今さらに入手しました。大雑把分類で、ニューSRー1・SRー1sに至るまでの3形です。それぞれに後期型でしょう。特に全面マットのが良いですね。
私はアクセサリシューが嫌いでした。折角に人間工学的に完成した物をぶち壊す、手を弾き返す悪魔の存在でした。それで、当初にはペンタックスSVを狙いましたが、状態の良い物を得られませんでした。それが時代の重なるSRー1では、作動する物が楽に得られました。もしかしたら、以前のSRT101よりも簡単なのかもです。
ミノルタカメラは、関西拠点の為に協力会社に恵まれなかったらしく、メッキの質が悪かったり、金属の硬度不足でマウントの回転止めが緩んだり外れたりしましたが、格別に優れる面もありました。
当事者として、写真機が半世紀後に動くとは思っていませんでした。ニコンFの「一生1台のカメラ」と言う広告には疑問を感じていました。しかしミノルタSR−1、大した物です。水準でした。
ちょっとせっかちなのかも知れませんが、パソコンの移行作業の関係の特殊事情です。ページを閉じます。
すみません、盛田さんのコメントを見落としておりました。
ミノルタ、いやっ千代田光学精工は わたしの写真のルーツです。
わたしのミノルタの全機種を ミノルタ倶楽部で紹介しております。https://nakajimaak.exblog.jp/28530514/
わたしの SR-1は 3代目が2機と4代目が2機です。
その他、SR-1sや SRT-101、SRT-superも持っております。
親父に買ってもらったSR-1(4代目)には、アクセサリーシューを付けて
がんがん使いましたので ペンタ部には醜い跡が付いておりますが
自分で買ったミノルタの製品は みんな新品のように綺麗です。
最初のSR-1以外は フィルムを入れずにシャッター音を楽しみ
ロッコールレンズは ソニーα7に付けて シャープな画像を楽しんでおります。
ロッコールはフォーカスリングが固くなったことがないので
ヘリコイドへの注射の経験はありません。
ロッコールの標準レンズをみると
最近接で繰り出すと
一番外側のリングと その外側に隙間ができますので
そこから注射すると良いでしょう。
くれぐれも 注射すする潤滑油の量は最小限に。