ミノルタ倶楽部

2018年8月2日(木曜日)

わたしは ミノルタ一眼レフ SR-1 で育ちました

でも 1963年に新品で買って貰った SR-1 と その外付け露出計の SR Meter-2 だけで
それ以外のミノルタのカメラは全て 親父や叔父の遺品や 中古品を買ったものでした

新品を買ってあげないと カメラメーカーに利益は無いわけで
それで ミノルタはコニカと合併したあげく カメラ業界から撤退してしまいました

すまん、ミノルタ
もう一度カメラを造ってくれるならば 高くても新品を買うからね



今日は、いつのまにか集まってしまった 美しいミノルタのカメラたちを
「ミノルタ倶楽部」と銘打って 年代順に紹介して行きます





1
b0069128_16501660.jpg

Minolta Semi-P

まず「ミノルタ倶楽部」の最初は、1951年(昭和26年)の 蛇腹カメラ、ミノルタ セミ-P です

この当時は まだブローニーフィルムが主流でした
6cm x 6cm のブローニーフィルムの両側を12,5%ずつ削った セミ判(6cm x 4.5cm)とし
12枚撮りのブローニーフィルムで16枚撮りとしています

また このカメラは本体をメタルキャスティングで製造した セミ判では日本初のカメラでした


仕様 

概要:     1951年製 セミ判 メタルキャスティング スプリングカメラ
レンズ:    3群3枚 Chyoko Puromar SⅡ(旭光学製)75mm F3.5
コーティング: シアン系(薄青色)
焦点調節:   前玉回転 ∞~1m
シャッター:  コーナン フリッカー B、1/2秒~1/200秒
フィルム送り: 赤窓式
その他:    セルフコッキング無し(チャージレバーでシャッターをセットする)
寸法・重量:  125mm x 95mm x 107mm 460g
発売時価格:  13,600円


シャッターのコーナン フリッカーは、六甲山麓にあった旧制甲南高校(現 甲南大学)の
写真部員の卒業生有志たちが起こした 甲南カメラ研究所製です
ミノルタ セミP が造られたときに、独立した会社だったか 千代田光学精工(後のミノルタ)傘下だったかは不明です
いずれにしても ロッコールの名の元である 六甲山と繋がりの深い会社だったのです

レンズのチヨコー(千代田光学の愛称)プロマー SⅡは、名前こそ 前にチヨコーと付いていますが
あの アサヒペンタックスを造った旭光学製です





2
b0069128_19114664.jpg

Minolta 'A' 初期型

1955年に発売された 千代田光学精工初の 35mmレンズシャッター機です

レンズには、3群4枚の Chiyoko Rokkor 45mm F3.5 が付いています

レンズシャッターには ミノルタ セミPと同じ コーナン フリッカーが使用されていますが
コーナン フリッカーの名前はありません
1955年には、コーナンは既に千代田光学の傘下になっていたと考えられます


仕様 

概要:     1955年製 ミノルタ初の35mmレンズシャッター式 距離計連動機
レンズ:    3群4枚 Chyoko Rokkor 45mm F3.5
コーティング: マゼンタ系(薄赤色)と シアン系(薄青色)
焦点調節:   距離計連動式 前玉回転 ∞~0.8m
シャッター:  コーナン フリッカー B、1/2秒~1/200秒
フィルム送り: レバー巻き上げ クランク巻き戻し
枚数確認:   底蓋の手動式フィルムカウンターによる
重量:     550g
発売時価格:  12,800円


ファインダー窓と 距離計窓との間隔が比較的大きく
フォーカスリング操作時 二重像の動きが大きく 距離合わせがしやすいです


カメラ名の’A'の 両側の「・」は何なのでしょうね
ドイツ語のウムラウトでもないし


ところで このカメラを上から見ると・・・





3
b0069128_19532182.jpg

ダルマ

ミノルタ'A'を上から見ると こんなかたちをしています

このミノルタ'A'の後継機種の'A-2'型が発売されたころから「ダルマ」という愛称で呼ばれています

なぜこんな形にしたのかは判りませんが 当時は45mmF3.5のレンズでも結構な厚みがあって
レンズの出っ張りをカメラボディ本体の中へ入れるには こんな形になったのでしょう

この形にするため コーナン フリッカー は ビハインド式に取り付けられており
写真の、アクセサリーシューの前の 黒いダイアルが シャッタースピードダイアルです

確かに パンケーキレンズを付けたような形は スマートに見えます
しかし このエキザクタ風のボディは 決して撮影時に保持しやすいことはありません
ネックストラップの吊り缶が無いのと相まって カメラを落としてしまいそうです


このミノルタ'A'は シャッターの種類により3種類あり 中期型ではシチズンオプチパー(1/200秒まで)
後期のACI型では シチズンMX シャッター(1/400秒まで)になりましたが、いずれの機種でも
「これでも落とさんか」というボディの形は変わりませんでした





4
b0069128_20145127.jpg

minolta V2

1958年の ミノルタV2 です

このカメラ、レンズシャッター機なのに シャッター速度は 1/2000秒まで切れます
シチズン製 オプチパーHS というシャッターで 発売時には 驚異の高速シャッター機と注目されました

ただし 1/2000秒を切るときは 絞りをF8以上に 絞り込んでおかなければなりません
また 1/1000秒を切るときには 同様に 絞りをF4以上に絞り込む必要があります

通常のレンズシャッター機の絞り羽根は、シャッターリリース時 絞り羽根は全閉から
一旦 全開になって それからセットされた絞りの位置まで開いてから閉じるのですが
このカメラのシャッターは 1/2000秒では全閉から 絞りは全開せずに
絞りF8の位置まで開いたところで閉じるのです

言わば、ポールの位置まで走り ポールにタッチして元のところへ戻る競走で
一人だけポールのところまで走らずに 途中で元のところへ引き返すような走り方ですねぇ


仕様

概要:     1958年 最高速1/2000秒 レンズシャッター機
レンズ:    5群6枚 Rokkor-PF 45mm F2
コーティング: マゼンタ系(薄赤色)
焦点調節:   距離計連動式 直進ヘリコイド ∞~0.8m
シャッター:  シチズン オプチパーHS B、1秒~1/2000秒
フィルム送り: レバー巻き上げ クランク巻き戻し
枚数確認:   自動復元式フィルムカウンター
寸法・重量:  132x80x70 780g
発売時価格:  23,000円





5
b0069128_2115355.jpg

Minolta 35 Model II

1958年に発売された ミノルタ 35 モデルII です
1948年の ライカコピー機 ミノルタ 35 から 通算 6代目となります

当初の 32mm x 24mm の 日本判(ニコン判)から
この ミノルタ 35 モデルII では 34.5mm x 24mm まで苦労して大きくなりました

まだ巻き上げはノブ式ですが ファインダー窓が大きくなり
わたしは ミノルタ35 シリーズの 各型のなかで 最も美しいモデルだと思っています


仕様

概要:     1958年 35mm ライカスクリューマウント機
焦点調節:   一眼距離計連動式
シャッター:  2軸回転不等間隔 B、1秒~1/500秒
マウント:   ライカスクリュー(L39)
コマ寸法:   34.5mm x 24mm
フィルム送り: ノブ巻き上げ ノブ巻き戻し
枚数確認:   手動復元式フィルムカウンター
その他:    視度調整装置付き





6
b0069128_223217.jpg

Minolta 35 Model IIB

1959年に発売された ミノルタ 35 モデルIIB です
とうとう コマ寸法は 36mm x 24mm になりました

しかし レバー巻き上げになったのと コマ寸法以外には
モデルII から 目立ったスペック変更は無かったのでした


この1959年には 西独ライツ社よりバルナック型を根本的に改良した ライカM3が発売されました
ライカM3を見た千代田光学は 開発中のミノルタ スカイ(試作品のみ)の発売をあきらめます

千代田光学も これからは 35mm一眼レフの時代だと感じたのでしょう

ミノルタ 35 モデルIIB は ミノルタ35シリーズの最終機となりました





7
b0069128_6461021.jpg

minolta SR-1 3rd version

1962年の ミノルタSR-1 3代目 です

ミノルタの35mm判一眼レフは、1958年10月に発売された ミノルタSR-2が最初でした
シャッター速度の最高速度を 1/1000秒から1/500秒にした普及機が 1959年に登場したSR-1です

この3代目の SR-1では、外付けの露出計が取り付けられるように ボディ前面左側にシューが設けられました





8
b0069128_86197.jpg

minolta SR-7

1962年7月の発売、世界最初のCdS露出計が ボディ向かって右側に付いています
なかなかカッコが宜しいですね

この当時のミノルタSRのフラグシップ機であり シャッタースピードも1/1000秒が付いています

社名が これまでの千代田光学からミノルタになりました


仕様

概要:    世界初のCdS露出計内蔵 35mm一眼レフ
シャッター: B、1秒~1/1000秒
マウント:  ミノルタSR アクロマティックコーテイング いわゆる緑のロッコールが使えます
その他:   ミラーアップ機構付き
発売時価格: 49,500円(Auto Rokkor-PF 58mmF1.4付き)





9
b0069128_8311790.jpg

minolta SR-1 4th version

1963年発売の ミノルタSR-1 4代目 です

親父に 梅田のウオジカメラで買ってもらったタイプです

買ってもらった時は 外付けCdS露出計は付いていなかったのですが
撮った写真が 真っ黒や真っ白の写真ばかりになるので 親父に泣きついて露出計も買ってもらいました


仕様

概要:     1963年 35mm一眼レフ
シャッター:  B、1秒~1/500秒
ファインダー: 全面マット
発売時価格:  36,000円
その他:    外付けCdS露出計(別売 4,950円)


親父に買ってもらったSR-1は、9年間使ってボロボロになり
30年ぐらい前に 大阪駅の八百富で写真のSR-1を買いました

ボロボロになったSR-1(4代目)は、今も棚の中で眠っております





10
b0069128_8482679.jpg

minolta Hi-Matic 7s

1966年製の ミノルタ ハイマチック 7s です
1961年製の あのフレンドシップ7号のグレン中佐の宇宙カメラ ミノルタ ハイマチックの子孫です

このカメラは 親父の一番上の兄で 教頭先生をしていた叔父さんの遺品でした


仕様

概要:     世界初の宇宙カメラ minolta Hi-Matic の 子孫 35mmレンズシャッター機
シャッター:  プログラムシャッター B, 1/4秒~1/500秒 マニュアル露出可能
レンズ:    ロッコールPF 45mm F1.8
ファインダー: ブライトフレーム付き
寸法・重量:  140 x 82 x 74mm 730g
その他:    評価測光 CLC 機能付き
発売時価格:  19,800円





11
b0069128_9263238.jpg

minolta SRT-101

1966年発売 ミノルタ初のTTL露出計内蔵の SRT-101 です

ミノルタの一眼レフ特有の やわらかな三角のペンタプリズム部のカバーが 台形になりました

このカメラも マルチ測光の走りの CLC(Contrast Light Compensater)測光を採用しており
測光時の空の明るさを評価して 露出が暗くならないように工夫されています

しかし カメラを縦に構えると 変な露出になりましたよ


仕様

概要:     1966年 TTL露出計内蔵 35mm一眼レフ
シャッター:  B、1秒~1/1000秒
ファインダー: マイクロプリズム & マット
レンズ:    MC(メーター カップルド)ロッコールレンズになる
寸法・重量:  145 x 94.5 x 47.5mm 980g(F1.4付き)
発売時価格:  52,500円 (MC Rokkor-PF 58mmF1.4付き)





12
b0069128_9564589.jpg

minolta SR-1s

1967年発売の ミノルタSR-1s です

このカメラは、1965年の軽量化されたミノルタ New SR-1 に 1/1000秒を付けた機種で
ミノルタSRシリーズの最終機となります

ミノルタSR-1 は 最後まで露出計の無い機体だったのでした





13
b0069128_10171229.jpg

minolta SRT Super

1973年発売の ミノルタ SRT Super です

SRT-101 と 比べて、ファインダースクリーンに スプリットイメージが追加されたぐらいの変化ですが
けっこう人気があったようです


ところで ここまで紹介したミノルタのカメラは すべて金属製であり
プラスティックは 巻き上げレバーの指当てぐらいでした

ロッコールレンズのフォーカスリングも金属ローレットでした

いつ見ても美しいと感じるのは 金属の冷たい高級感によるものだと思います





14
b0069128_10332212.jpg

minolta XEb

1976年の ミノルタXEb です

1972年に ミノルタはライツ社と技術提携を行い レンジファインダー機ライツミノルタCLを造り
一眼レフでは ライカRシリーズの中身の殆どを造りました

しかし わたしはこの時期から ミノルタの製品には興味を無くして行ったのです

ひとつは プラスティックの多用、もうひとつは 美しい minolta のロゴが
大文字のMINOLTA になったことです

写真の、ミノルタ XEb の ペンタプリズム部のカバーは プラスティック製です
レンズの MC Rokkor-PF の フォーカスリングもゴム巻きになってしまいました

この ミノルタ XEb は、電気カメラです
バッテリーを入れないと コパル製縦走り金属膜シャッターの空シャッターも切れません





15
b0069128_118466.jpg

MINOLTA MAC-AUTO Quartz Date

1987年製の MINOLTA マックオート クオーツデイト です
このAFカメラは 親父の遺品です

レンズは Rokkor ではなく MINOLTA Lens 35mmF4.5 です

親父は生前に、趣味の盆栽を撮って 良く見せてくれたものです

わたしの嫌いな プラスティック外装・MINOLTAのロゴ・ロッコール銘の無いレンズ と
「嫌い」が 三拍子揃っていましたが、親父の写真は いつも綺麗にピントが合っておりました




おわり




*************************************
 ■ 2018年7月31日 撮影
 ■ AF Nikkor 28-105mm on Nikon D700
 ■ Speed Light ON

*************************************


千代田光学の創業者 田嶋一雄氏は、若い頃にお母さんから
『あの六甲山の麓の「稔る田」の稲穂のように いつも頭を下げて謙虚であれ』と言われ
それを肝に銘じるために、稔る田(ミノルタ)と 六甲山(ロッコール)を
社名とレンズ名にしたと言われています

ミノルタに 幸あれ!



ミノルタの歴史

1928年(昭和03年)田嶋一雄氏が 日独写真機商店を設立 兵庫県加古川に加古川工場
1931年(昭和06年)社名を モルタ合資会社に変更 大阪に本社
          モルタ(Mechanisms Optic und Linsen von Tashima)
1937年(昭和12年)千代田光学精工株式会社に改組 大阪府堺市に堺工場設立
1962年(昭和37年)社名を ミノルタカメラ株式会社に変更
2003年(平成15年)コニカ株式会社と経営統合し コニカミノルタ株式会社となる









-
トラックバックURL : https://nakajimaak.exblog.jp/tb/28530514
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by aitoyuuki13 at 2018-08-02 19:19
わたしはSRT-101で一眼レフに目覚めました
商店街のキャンプで近所のおにいさんが持っていた
SRT-101と58/1.2にしびれました

そのころの愛機はコニカS、レンズは48/2
レンズの口径の違いと緑色のコーティングに羨望のまなざしでしたよ(^_^)v
Commented by nakajimaakira1948 at 2018-08-02 20:01
愛と勇気 さん、こんばんは!

わたしは1972年に就職して給料を貰うまで
9年のあいだ ずっとSR-1(4代目)1台だけを使いました。

SRT-101の 58mm/1.2にシビレられたんですか?
だれでもシビレますよねぇ、ロッコールのF1.2には。
わたしは いまでもロッコール58mmF1.2の綺麗なヤツが欲しくてたまりません。

コニカSの 48mmF2は 良く写ったでしょ
わたしは コニカSの直前のコニカⅢAで 同じ48mmF2を使いました。
さすがヘキサノンの写りだと感心しましたよ。

緑のロッコール、コーティングの反射が緑色ということは
フィルムには緑色が届かず カラーでは緑色は綺麗に写らないのかなぁと思っていました。
高かったカラーフィルムは殆ど使わず モノクロネガばっかり使っておりました。

Commented by gaku0107boo at 2018-08-04 22:23
こんばんわ!
ワタクシ、ミノルタカメラとのお付き合いはあまりなくって、25年くらい前に中古の「ハイマチックF」という小さなレンジファインダー機があったのみでした。
その後やはり中古で、α7700iという見た目に反して使いやすいカメラを手に入れ、「ミノルタ、ええがね~」と目覚めたのです。
ミノルタ(コニカミノルタ)がカメラから撤退した時はショックでしたね~。
Commented by nakajimaakira1948 at 2018-08-05 01:22
岳の父ちゃん さん、こんばんは!

ミノルタSR-1で育ったわたしには コニカミノルタの写真業界からの撤退は
まさに「親孝行、したい時には 親は無し」でありました。

ハイマチックは 宇宙カメラの世界最初のもので 後継機種も名機が揃っておりました。

α7000は、本格AF一眼レフの世界を切り開いた革命的な機種で 世界中で売れに売れ
ミノルタは、一眼レフでは キヤノンやニコンを抜いて ダントツの1位になりましたねぇ。
当時わたしは眼が良くて「AFなんて 使えるかい」と 使いもせずに思っておりました。
α7700は知りませんが、名前からして α7000の後継機種ですね。

Commented by varifocal at 2018-08-05 08:27
おはようございます。
ミノルタはいいカメラを作ってましたね~。
今は数あるメーカーから自分に合ったカメラを選ぶ楽しみがなくなってしまいました。
昔はカタログや本を見ながら頭の中でシュミレーションしたものですが・・・。
「こんなカメラを使っている俺は多分かっこいい」とか(笑)
Commented by nakajimaakira1948 at 2018-08-05 16:24
想桜さん、こんにちは!

はいっ、プラスティック製になるまでのミノルタには 良いカメラが多かったですねぇ。

まあ わたしはシャッタースピードが1/500秒まで付いていて レンズがF3.5程度あれば
みんな 良いカメラなんですけれど。
そうです、70年むかしの コニカ-I 型で 充分なんです。

おっしゃる通り、今のカメラは選ぶ楽しみがありませんね。
フルサイズで軽くて むかしのレンズが使えれば それ以上のことは要求いたしません。

名前
URL
画像認証
削除用パスワード
by nakajimaakira1948 | 2018-08-02 11:48 | 28-105mm AF Nikkor | Trackback | Comments(6)

気楽な写真のブログです。 どの写真も jpegで撮ってリタッチなしです。 写真はクリックで大きくなります。 リンクやコメントも ご自由になさってくださいね。


by Akira Nakajima
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30