2012年 08月 12日 ( 1 )

南通にて (その4)

2012年8月12日(日曜)

暑かった豊中にも 朝夕には ちょっと涼しいそよ風が流れるようになりました

でも昼間は オリムピックを見たりで 写真を殆ど撮っておりません

それで 「南通にて (その4)」 をお見せします
今回は9年前の2003年3月から9月の思い出写真です

写真は 撮った順番に並べております




1
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送別会にて

左側のもたれている小姐は 秘書の呂元元さん
右側のもたれられている小姐は 通訳兼簿記の張麗恵さんです

電気設計のM君が帰国することになり その送別会です
無理に飲ませたので 二人ともええ気分です

張さんは、その後日本に留学し いまも日本で活躍されてます

■ 2003年2月21日




2
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化粧品売場

南通百貨大楼の化粧品売り場です

わたしが化粧品を買うのではありません
近くにカメラや双眼鏡売り場があり 通りがかりました
まだ寒い2月(旧正月)最後の日でした

■ 2003年2月28日




3
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城山路

待ちに待った日曜日です
早朝から 狼山(おおかみやま)まで続く城山路を散歩します

南通中心部から10kmぐらい歩いたでしょうか
景色が田舎っぽくなってきました

■ 2003年3月11日




4
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三輪車

城山路をもうすこし行くと 三輪車が置いてありました
うしろに荷台がついていたんだったかなぁ

■ 2003年3月11日




5
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濠南路

画面中央の 男前のおにぃさんのすぐ上に レンガ色の建物が見えます
その建物の真ん中の3階が わたしのアパートでした

■ 2003年4月15日




6
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現場の夕焼け

めずらしく経済開発区が きれいな夕焼けになりました
遅れているパイプラックの建設を 残業でやっております

遅れた原因はいろいろありましたが 「非典」が大きかったです
中国語で「非典」とは 「非典型肺炎」の略で 世界的にはSARSと呼ばれておりました

中国中央政府では、非典(SARS)の蔓延に責任を感じたのか 国家をあげての対策で
労働者の省から省への移動が厳しく取りしまられ 予定した労働者が集まらなかったのです

■ 2003年4月17日




7
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馬とおっさん

朝食にタマゴ揚げパンを食べて 元気いっぱいで また狼山に向かって城山路を歩きます

うん? なんか面白いものがある
愛嬌のある眼をしたお馬さんに これまた愛嬌のある眼をしたおっさんが乗っています
刀まで持っております

村の鎮守のおっさんでしょうか

■ 2003年4月22日




8
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タマゴ揚げパン屋さん

中東のホブスのような丸パンに タマゴと野菜のみじん切りを乗せて
油で揚げたり 鉄板で焼いたりして 熱々をハフハフ言いながら食べます

これ上海などでは見かけたことがありませんので 南通名物でしょうか
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 こんなんです
 これは鉄板で焼いたやつではなく 油で揚げたやつです

 塩味が効いていて そのまま食べます
 1枚2元(当時30円)でした


写真で 手前に写っているのが丸パンです
おばさんが いま焼いているのは ホットドッグですね

■ 2003年4月23日




9
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シャンプー

この日はとても暑かったです
濠北路を歩いていて 散髪屋さんに飛び込みました

このあいだ散髪したところだったので シャンプーだけを頼みました
おねぃさん  「シャンプーだけは できません、マッサージが付いて 7元(当時105円)です」
わたし    「散髪もしたら いくらですか」
おねぃさん  「散髪、シャンプー、マッサージで 10元(150円)です」
わたし    「シャンプーとマッサージを お願いします」

マッサージは座ったままで 肩だけでしたが、約10分間 気持ちよかったです

■ 2003年6月3日




10
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すっぽん料理

安装(機器据付配管)業者が 「今日は 端午の節句です」 と言って
すっぽん料理を食べに連れていってくれました

出て来た甲羅付きの 大きなすっぽんです
わたしは気持ち悪くて食べれないで 震えながらみておりました
それで 写真もブレております


【端午の節句】
むかしの楚の国に、屈原(くつげん)という清廉潔白な政治家がおりました
陰謀により失脚してしまうのですが 正義と国を思う彼は 国の行く末を嘆いて 川に身を投げてしまいます
楚の国の人々は、魚が屈原の死体を食べないように ドラゴンボートで太鼓をたたき 魚のエサに「ちまき」をまいたのです

あとに日本に端午の節句が伝わったときに、屈原は忘れ去られ ちまきを食べる習慣だけが残っているという訳です

■ 2003年6月4日




11
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朝の元元さん

1枚目で酔っ払っていた 呂元元(ルー・ユェンユェン)さんです

朝の現場事務所で 「おはようございます」と 言ってます
彼女は 1月1日生まれなので 元元と名付けられたとのことです

■ 2003年9月1日




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陣屋の小姐

南通市工農路にあった 日本料理店「陣屋」のウエィトレスの小姐です

経営者の遠縁にあたるという彼女でしたが
3ヶ月ぐらい経ってから行ったら もうすぐ田舎に帰るとのことでした

英語も日本語もしゃべれない子でしたので 意思の疎通はありませんでしたが
わたしが2年強いた中国で見た小姐のなかで 一番かわいい子でした

■ 2003年9月11日




13
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后秀路にて

ずっとわたしを見ているので 1枚撮ってやろうとすると急にわたしの後を見ます
そうやろねぇ、ここを歩くのは初めてですから 知っているはずないもんねぇ

■ 2003年9月18日




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虎丘山にて

連休を利用して 通訳と二人で蘇州へ行きました
ずっと土曜日も働いていたわたしを見ていて 通訳も可哀想だと思ったのかも知れません

でも 蘇州は観光地で どこへ行っても人だらけでした

写真は 雲岩寺塔で有名な虎岡山とよばれるところです

■ 2003年9月28日



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 ■ 2003年2月~9月撮影
 ■ Canon IXY Digital 200 (200万画素)
 ■ 35mm判換算 35-70mm

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南通シリーズは つぎのとおりです

2005年10月10日 南通にて
2010年07月25日 南通にて (その2)
2012年01月28日 南通にて (その3)











by nakajimaakira1948 | 2012-08-12 11:02 | Canon IXY D200 | Trackback | Comments(8)

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